ガラ紡とは?益久染織研究所が語る、その魅力と歴史
ガラ紡とは?
ガラ紡とは、明治時代初期に僧・臥雲辰致(がうんたっち)によって発明された、和製の紡績機『臥雲式紡績機』で作られる糸のことです。機械がガラガラと音を立てながら動くことから、『ガラ紡』と呼ばれるようになりました。均一さを追い求める機械紡績とは異なり、ゆっくりと時間をかけて紡がれる糸には、手紡ぎに近い自然な風合いが宿ります。

ガラ紡を発明した人物
「臥雲辰致(がうん たっち/ときむね/たつむね)1842年〜1900年。信濃国(現・長野県安曇野市)出身の僧であった臥雲は、1873年に「臥雲式紡績機」を発明しました。綿をゆっくりと回転させながら、自然な撚りをかけて糸を紡ぐ。その静かな動きの中に、ガラ紡の本質があります。
参考文献:臥雲辰致・日本独創のガラ紡: その遺伝子を受け継ぐ
姿を消した理由と、残り続けた理由
ガラ紡機は、昭和の初期には日本各地で広く使用されていましたが、効率重視の西洋式紡績機の普及により、次第に姿を消していきました。時間がかかること、短い繊維しか紡げなかったこと——それがガラ紡の限界でした。
それでも戦後の日本では、落ち綿や再利用された繊維を使って糸を紡ぐ用途で、ガラ紡機は生き残りました。物資が不足する時代に、捨てるものを活かす。現代でいうアップサイクルやリユースの精神が、すでにここにありました。
益久とガラ紡機の、偶然の出会い
益久染織研究所のガラ紡機は、中国山東省の自社工場にあります。第二次世界大戦中、日本が満州へ持ち込んだ機械が、長い年月を経て私たちのもとにたどり着きました。偶然の出会いといえば、そうかもしれません。でもその機械が今も静かに動き続けていることが、益久のガラ紡づくりの原点になっています。

時代を超えて、今も動き続ける
平成以降、ガラ紡機は改良を重ね、短い繊維だけでなく、繊維の長い上質な綿も紡げるようになりました。益久のガラ紡機はさらに独自の調整を加え、極細から太番手まで幅広く対応できるようになっています。農薬・肥料を一切使わずに育てた綿花を自社で栽培し、そのままガラ紡機へ。手紡ぎと同じ素材を、機械でゆっくりと丁寧に仕上げる。私たちはそれを『機械による手仕事』と呼んでいます。
ゆっくり紡ぐことが、やさしさになる
ガラ紡の大きな魅力は、その製法の『ゆっくりさ』にあります。綿に余計な負荷をかけず、時間をかけて紡がれた糸には、手紡ぎに限りなく近い、柔らかな風合いが宿ります。
| 製法 | 1日の生産量 | 単位 |
|---|---|---|
| 手紡ぎ | 約80g | 1人あたり |
| ガラ紡 | 約40g | 1錘あたり |
錘(いっすい)とは、ガラ紡機に取り付けられた糸を巻き取るための回転軸のこと。1台の機械に複数の錘が備えられているため、同時に稼働させることで全体の生産量を確保しています。現代の紡績機と比べると、ガラ紡機のスピードは約100分の1。それでも、いえ、だからこそ、使うほどに味わいが増す糸が生まれます。
暮らしに寄り添う、ガラ紡
ガラ紡の糸から生まれるのは、毎日の暮らしに寄り添う布や生活雑貨たちです。ふきん、タオル、洋服、くつ下、寝具、カーテン。いずれも、余計な加工をしていないからこそ、肌に触れるたびに心地よさを感じていただけます。使い込むほどに柔らかさが増し、長く愛用できるのも、素材そのものの力があってこそです。
ゆっくりと、丁寧に。余計な手を加えずに生まれたガラ紡の糸が、毎日の暮らしに静かに寄り添います。この糸の心地よさを、ぜひあなたの手で感じてみてください。
